AerialWing −ある暗殺者の物語− −戦場指揮官エリシア その1ー
「…こちらレイ。ターゲット…でいいのか?一応補足した。今画像をつなぐから確認してくれ」
俺は現在、コルトタウンの公園の、広場にある一本の木に身を隠しながら、ターゲットを補足していた。
『えっと、エリシアです。今画像照合するね…うん、ターゲットで間違いないと思う。どう?確保できる?』
通信機から流れてくる音声は、いつもならマスターなのだが、今回はエリシアがオペレーターだ。
今回エリシアには、戦場指揮官としての実務経験を積んでもらうという事で、まずは簡単なクエストを、ギルドの司令室から俺へと、状況に応じて指示を出すという訓練だ。
しかし、よりによってこんなクエストかよ。ガキの使いじゃあるまいし…。しかも速攻で終わらせずに、焦らしてクリアしろってどういう指令だよ。ほんっとに人使いの荒い…。
「勿論捕まえるだけなら1秒かからない。それじゃあお前の訓練にならないとのことなんで、適当に泳がせて確保する。俺はターゲットの動きに合わせて動く。その都度報告入れるから、お前はその先、俺にどうすればいいか、指示を出せば良い。じゃあ始めるぞ?」
『了解です。おねがいね、レイ』
「あいよ」
俺は木から広場へと降り立ち、ゆっくりと歩いてターゲットに近づく。
すると、ターゲットが俺に気がつき一目散に逃げ出した。
追跡開始だ。
俺は一応小型発信機を投げ、ターゲットの背中に貼り付ける。
「エリシア。発信機を取り付けた。そちらで確認できるか?」
『えーっと、あ、これですか? ハイ。大丈夫レイ、バッチリだよ』
「了解、追跡を続行する」
通信機から、拙さがバリバリ伝わってくるが、バックにマスターがちゃんと着いているんだろう。
とりあえずは問題なさそうだ。
ターゲットは建物と建物の間を潜り抜け、路地裏を疾走する。俺は民家の屋根を飛び越えつつ、ターゲットを見失わないように追い続けた。
「エリシア。ターゲットはコルト南の住宅街を南西に進んでる。路地が入り組んでて確保が面倒だ。なんか手は無いか?」
『えー?面倒って。んー…。あ、2ブロック先が空き地になってるよ?そこに追い込んだらどうかな?』
「そこ、本当に大丈夫か?地図上じゃ確かに空き地だけど、あそこは確か…」
「んー?あ、近所の子供たちの遊び場になってて、追い込みは難しいのね…。あ!レイ、それ以上真っ直ぐ進ませないで!大通りにでちゃったら大変なことになりかねないわ!先回りして!
「了解」
俺はわざとターゲットの前に降り立つ。するとターゲットは驚きのあまりに身をすくませ、すぐにUターンして、再び疾走し始める。
『こちらエリシアです。先ほどレイがつけた発信機から、生態データをアップデートできました。どうやらターゲットは、特定の民家に潜伏することが多いみたい。現在地のすぐ近くなので、多分追い詰められたターゲットはそこに逃げ込むはず。先回りして待ち伏せして下さい。レイの端末に、今、位置情報を送信しました。確認してください』
俺は自分の端末に送られてきたデータを確認する。
「あー、ここか。ま、納得だわ」
俺はすぐにその民家へと先回りして、住人であるお年寄りの女性に事情を説明する。
そして、その庭先にある罠をしかけた。
「ご迷惑をお掛けします…」
丁度ガーデニングの休憩をしていたお婆さんに、俺は謝罪した。
「いいえぇ、たまにはこういうハプニングも、良い刺激になるわ」
お婆さんは、快く快諾してくれた上に、俺にお茶まで出してくれようとした。まぁ、そこは丁重にお断りしたのだが、本当に人の良いお婆さんだ。まぁだからこそ、ターゲットがここを潜伏場所にしたのだろう。
「ん、来たな…」
端末に送られてくる発信機からの位置情報が、俺の位置情報と重なる。俺は物陰に姿を隠し、様子を伺った。
そしてターゲットは、ゆっくりと庭へと侵入し、俺の仕掛けたトラップに気がついた。
もちろん、この罠は発見してもらってこそ、効果を発揮する罠なので、問題はない。
そう、それはターゲットに限らず…。
『猫』ならば飛びつかずには居られないであろう代物、そう、マタタビの袋詰めである。
『にゃーーーーーーー!』
今回の標的が、ものすごい勢いで巾着袋に飛びつく。
ゴロゴロと喉を鳴らし、掴んで放さないといった感じだ。
俺はすかさず首根っこを掴み、そのでぷっとした体を持ち上げた。
「ターゲット無事確保。3丁目のおばさんの猫、捕獲完了。おばさんに捕まえましたよって連絡よろしく」
『お疲れ様、レイ。協力してくれたおばあさんにもしっかりとお礼を言って置いてね」
「わかってるって。あと、謝罪もな…」
俺の仕掛けたトラップは、効果を発揮し過ぎたようだ。ターゲットの『ゴローちゃん』以外の野良猫たちも、続々と集まってきた…。
「あらあら、まぁまぁ。みんな、まだご飯の時間じゃないでしょう?」
「いやー、すみません」
しかし、お婆さんは嫌な顔一つせず、猫たちの頭を順番に撫でてやっている。
「いいえー。私はこの子達が大好きだから、会いにきてくれたのは嬉しいわ。その子、やっぱり飼い主さんが居たのね、きっとさぞや心配していることでしょう。しっかりと、お家に送ってあげてくださいね」
「了解です、ミセス・ローズ。ご協力に感謝します」
ローズお婆さん、近所じゃ有名なお婆さんだ。数年前、旦那さんが他界してからというもの、捨てられた子猫などを保護し、獣医の指示の元、適切な処置をして、適切な躾をし、時には里親を探すという心優しいお婆さんだ。彼女のその献身的な行為は、コルトタウンに住む猫好きの人々に賞賛され、今ではローズガーデンと呼ばれる、オープン猫カフェが、コルト中央にあるという話だ。ちなみに完全非営利営業だというから、頭が下がる話である。ちなみに、マスターはその事業に多大な寄付金をしている。マスターは完全に猫派だからな…。
『レイ、三丁目のおばさんと連絡が取れました。すぐギルドに迎えに来てくれるそうなので、ゴローちゃんを連れて帰還してください』
「了解。これより帰還する」
俺は通信を切り、改めてゴローちゃんをジーっと眺める。丸々と太っているゴローちゃんは、ふてくされたような顔でこちらを睨んでいた。
「なるほど。ゴローちゃんだ」
なんとなく、顔と名前が一致していた。
―エアリアルウィング―
「グォロォォォちゅわぁぁぁん! 探したのよぉぉ、こんなに痩せこけちゃって! ママ本当に心配したんだからぁぁぁ!!!」
俺とエリシアは流石に顔を見合わせ、『嘘でしょ?』というリアクションを取ってしまう。
つまりあのデブ猫は実際、さらに太ってたとでも言うのだろうか・・・。
「ありがとうねお兄さんたち、本当に助かったわ」
「いいえ、大した事じゃないですよ」
「もうママに心配かけちゃだめだよ? ゴローちゃん」
「なぅ」
エリシアに頭を撫でられたゴローちゃんは、なんだか嬉しそうに目を細めていた。
ゴローちゃんはおばさんに抱かれ、家に帰っていく中でも、ずっとエリシアだけを見つめ、エリシアはゴローちゃんに向かって手を振っていた。
…まるで猫と会話してるみたいだなんて思い、俺はエリシアの見えないところで鼻で笑ってしまう。
「お疲れ様、レイ」
「疲れるかよ、あんな任務」
俺は率直に、そしてぶっきら棒にそんな感想を口にしてしまったが、エリシアは特に気にする様子もなく、笑って応えた。
「ふふふ、そうだね。でも、おばさん嬉しそうだった」
夕日に照らされるエリシアを見て、ふと呟いた。
「やっぱ、髪、もったいなかったんじゃないか?」
エリシアの手配書が出回って1週間。彼女は腰まで下がっていたロングヘアーを、肩までばっさり切ってしまったのだ。
「ううん、いいの。これは私の、決意の表れだから…」
夕日に照らされながら、エリシアは短くなった髪の先端を、慈しむように、指に絡めて触れていた。
その姿は、なんだかとても儚く、そしてどうしょうもなく、美しく見えてしまった。
「ふぅん、決意…ねぇ?」
まぁ、コイツにとっては新しい生活どころか、新しい世界で生きていく事にしたのだから、そういう願掛けも必要なのかもしれないな。気分転換にもなるだろうし…。
「………」
「…ん?なんだよ」
気がつくと、エリシアが思慮に耽る俺の顔を、下からじーっと覗き込むように眺めていた。
「レイってさ、もしかして髪の長い女性のほうが好きなの?」
「…ハイ?」
唐突に、エリシアの口から飛び出た発言に、脳の理解が追いつかなかった。気がつけば、俺は間抜けな声を上げて首を右に傾けていた。
「だってね?だってね?マスターが私の髪を切ってくださったけど、鋏が入った瞬間、鏡に映ったレイの顔が、『ええぇぇぇぇ!?』って顔してたよ?」
いや、確かにまぁそんな顔はしたと思うが…。
「いや、そりゃおまえ、『どれくらい切る?』『思いっきりお願いします!』『OK☆』のやり取りで、腰まであった髪を、いきなりばっさり肩まで躊躇無く行ったら、誰だって驚くだろうよ…」
俺の中での本心には、殆ど耳を貸していないのだろう。エリシアは人の顔を覗き込みながら、悪戯っぽく笑い、まるで畳み掛けるように追求してくる。
「ふぅん?ホントかなぁ。私ちょっと昔に、親友の女の子から聞いたことあるの。男性の中には、女性の髪が好きで好きでたまらない!っていう、髪フェチっていう趣向の男性が居るって!レイってばそうなのかなーって思っちゃった♪」
「あっあのなぁ!人を変態みたいに言うなよ…」
「ほんと?ほんとに違うの?レイ、私の髪の毛欲しかったりしない?こっそり私の切った髪、持ってたりしない?きゃーそんなレイ、こわすぎぃぃぃ!」
いやいやいやいや、無いだろ。普通に無いだろそんな俺。
「んなわけねーだろ!はぁ、アホらしい。一生やってろ、ド天然」
俺は呆れてため息をつきながら、ギルドの中へと戻ろうと歩き出す。
「ひっどーい!わたし天然じゃないもん!」
「ハイハイ」
天然な奴ほど、絶対に言うようなテンプレ否定をスルーして、俺たちは順番にギルドの扉をくぐった。